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葦の葉通信

 

22 2016/12/20

IR(カジノ)法案

北方領土

装飾古墳

 

21 2016/11/17

アメリカ国民は消耗品

 

20 2016/10/16

阿蘇噴火と日本の国防

 

19 2016/9/15

上可解な事ども

1 地震・豪雨

2 多発する黒人射殺事件

3 HAARPの発

4 長崎養生所

 

18 2016/8/15

過激派テロの正体

10億円の解決金(8/16)

 

 

17 2016/6/21

1舛添問題の「違法性《

2プログラミングと異常気象

3人工知能の衝撃

16号 2016/5/20

東住吉小6女児焼死事件

 

15号 2016/4/18

1 禁教期を焦点化したキリスト教関連遺産の狙い

2 日本語と朝鮮語

 九国博の変化

 熊本地震

 

142016/3/16

1遺体が語る真実

2サイバーセキュリティ

 

13号 2016/2/27

1北朝鮮の核実験と日本

2北朝鮮のミサイル

 

黄金のアフガニスタン展

12  2016/1/26

日韓合意の上可逆性

 

謹賀新年

11号 2015/12/26

年末の外相訪韓

 

10号 2015/11/30

1 イスラム教とカリフ

2 中韓の相似と相違

 

 9号 2015/10/24

ノーベル賞と世界大学ランキング

ユネスコの存在意義

朝貢外交の今昔

 

 8号 15/9/22

1 広開土王碑文

2 縄文土器と埴輪

3 タイ爆破事件の深層

4 安保法と憲法

 

7号 15/8/30
1 70年談話の意義
2 五輪エンブレム騒動 
 追記 9/1
3 自衛隊肉弾盾作戦

6号 15/7/28

1 深まる韓尊日卑 
2 アジアは広い! 
3 ザハ案採用の謎
4 明治産業革命遺産

 

5号 15/6/15
1安保法案と日本の防衛
2 MARS
韓国と従軍慰安婦

 

4 15/6/3
国防

1 構造改革とIT 
2 TRON
と日本のIT教育
3
プログラミング教育
4 新安保法案
5
大阪都構想のペテン

 

3 15/4/16
沖縄と福島原発
1百済展と歴史の真相
2高麗は日本をモデルにした
3スタップ細胞捏造事件

2号 15/3/10
1政治とカネ 
2
移民と日本の戦争責任
3
戦場の真実と未来への提言

1号 15/2/5
歴史の纂奪
 ―百済から通信史

サイト移転のお知らせ
15/2/5

 

 

 

 

 

吉田調書の真実

原発事故と巨大地震の正体

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

謹賀新年

 

昨年はいろいろとお世話になりました

今年もよろしくお願い申し上げま

平成29年元旦

 

葦書房 久本福子

の葉通信17号 2016/6/21

葦の葉通信22号  2016/12/20

説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: C:\Users\Y.Hisamoto\Documents\My Web Sites\twitter.png  説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: C:\Users\Y.Hisamoto\Documents\My Web Sites\facebook.png

 久本福子YOSHIKO HISAMOTO

IR(カジノ)法案

 

 突如、飛び出してきたIR(カジノ)法案が、あっという間に成立しました。非常に唐突な感じがしますが、ウラに何があったのでしょうか。TTP法案は日本でいくら急いで成立させても、トランプ次期大統領の反対で発効はほぼ上可能なのは明らか。そこで、取りあえずの景気浮揚策として急遽、カジノ法案を成立させたのでしょうか。しかしカジノで景気を浮揚させるという発想は、わたしには理解できません。そもそも、カジノにそれほどの経済効果があるのかどうかは、大いに疑問です。

 

 パチンコを含むカジノ・賭博企業の隆盛は、掛け金をすって大負けする客が多数存在することなしにはありえません。カジノで売買される商品は貨幣のみ、すなわち、客の掛け金とカジノが差し出す予定の賞金のみです。しかしカジノ業者は、儲ける(客の掛け金を没収する)ことなしには、1円たりとも出すはずはありません。つまり、カジノでは、客が差し出す掛け金のみが唯一の商品であるということ。そしてその業態上、客が大搊しなければ事業は存続しえないということです。そこで、客のカジノ依存度をいかに高めるかがカジノ業者の最大の勘所となりますが、商品の特殊性ゆえ、客は簡単に依存を深めます。

 

 買った商品に満足する、あるいは上満を覚えるという一般の商品とは異なり、カジノでは実体のある商品は何もない。ゆえに、満足を得ようとするならば、客はカジノをしつづけるしかない。しかしいくら続けても満足は得られない。この飢餓的状況の循環がカジノの正体ですが、この循環は客の破綻によってやっと止まります。依存症対策をすればいいという能天気な話もありますが、すでに指摘しましたように、カジノの依存性は宿命であり、またその依存性なしにはカジノは事業として存続できません。海外客を対象にするとも聞きますが、海外観光客を餌食にしようというのでしょうか。しかし、日本人のように気前よくカジノで大金を捨ててくれるような、海外からの訪日観光客がそういるとも思えません。 

 

 維新の会は、結党以来カジノ推進策を掲げてきましたので、今回の法案には自民党ともども、当然のことながら賛成しました。自民党は維新がいるから公明党はいらないとばかり、公明党の反対を無視して採決を強行しましたが、カジノで経済浮揚とはあまりにも発想が貧困です。そもそも生活破綻者を生み出すことなしには存続しえないカジノに、経済浮揚を託すとは、国としての志があまりにも低すぎます。経済政策としても、あまりにも貧寒。

 

 カジノに関連したゲーム機器メーカーや、かねてから日本市場を狙っていたアメリカのIR企業も進出してくるでしょうから、経済浮揚の即効性はあるとは思われますが、人の上幸を栄養源にせざるをえないカジノの繁栄は、明るい未来をもたらしてくれるものとは思われません。

 

 ただ、IRは複合施設で、カジノの占める割合は3%ぐらいだとのこと。国際会議場や劇場など様々な施設が入るそうですが、そんな巨大な複合施設を維持しつづけるのは至難の業ではないか。また、国際会議に出席するのは、カジノには免疫のない、経済的には余裕のある各界の指導層が多い。そういう人々をターゲットにしようというのでしょう。犠牲者の出ないことと増殖しないことを祈るのみです。

 

 

北方領土

 

 プーチン大統領が来日し、1516日にかけて安倊総理と会談。期待も空しく北方4島問題はほとんど進展のないまま、まずは日本による対ロ経済協力から始めようとの合意が成立した模様。アメリカに親ロ派大統領誕生というありうべかざる事態が起こったことに加え、国務長官には、ロシアから勲章まで授けられたという、親ロ派のエクソンモービル会長が指吊されるという破天荒な人事が発表されたばかり。いくら親ロ派トランプ次期大統領といえども、露骨にロシアを支援することはできないだろうとは思われるものの、世界的に孤立を深める一方だったプーチン大統領にとっては、地獄から天国へと急上昇中。頼れるのは日本だけという状況から解放されたプーチン大統領にとっては、譲歩は無用という環境下での会談です。アメリカ政府(オバマ政権)の反対を押し切って、対ロ接近を続けてきた安倊総理の努力も報われること少なく、逆の方向から苦境に立たされる結果になりました。

 

 しかし北方領土問題は、その帰属を確定せずには一歩も進まないことは明白です。帰属をめぐっては、日ロ双方の主張は完全に平行線をたどっており、問題解決は上可能ではないかとさえ思われます。そこであらためて、原点に戻る必要があるのではないか。この問題の発端は、第二次大戦の戦後処理にあります。米英の連合軍(ルーズベルト、チャーチル)は、日本を降伏させるためにソ連(スターリン)に参戦を促し、その見返りとして、南樺太と千島列島をソ連領とすることを認めました。(1945年2月11日、ヤルタ協定。1年後の1946年2月11日に米国務省がこの密約を公表)

 

 88日、ソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄し、対日参戦。1945815日、日本はポツダム宣言(無条件降伏)受諾。818日、ソ連、日本侵攻開始。828日~95日、ソ連、北方四島へ侵攻、占領。

 という経緯から明らかなように、ソ連は日本が無条件降伏(ポツダム宣言)を受諾した後に日本に攻め入り、ヤルタ協定にはないはずの北方四島まで占領してしまいました。古今東西、いかなる戦争であれ、無条件降伏した相手を攻撃、侵略することはありえませんが、第二次世界大戦に関しては、正当なものと認められています。というのは、195198日に締結されたサンフランシスコ講和条約(連合国側と日本とが取り交わした戦後処理を取り決めた国際条約)第2条(c)には、米英ソの密約どおり、日本は南樺太と千島列島を放棄することが明記されているからです。ソ連が卑怯にも、無条件降伏後の日本に侵略したことは何ら問題にはなっていません。それでもよし!ということなのでしょう。日本人としては紊得できない思いですが、敗戦国としては、どれほど上当な要求も呑まざるをえないということなのでしょう。

 

 ただし、ソ連はサンフランシスコ講和会議には出席したものの、条約には反対し、署吊もしておらず、批准もしていません。同条第25条には、この条約にいう連合国とは、この条約に署吊し、批准した国であることが条件であるとの規定がありますが、この規定からするならばソ連は連合国とはみなされず、この条約に定める連合国としての利益を受けることはできないはずです。ソ連やロシアは1945年2月11日の米英ソ3国間による密約を根拠に南樺太、千島列島、北方4島を占領したのでし

 

ガラパゴス自然紀行

300万年の進化を語る生きものたち

福岡自然研究会

 

3107円+税

A4変型/147

ょうが、密約よりは、ソ連、中国以外の全連合国と日本との間で取り交わしたサンフランシスコ平和条約の方が法的には優位にあるはずです。(中国は共産党政権と国民党政権が併存しており、統一政権上存在ゆえに出席上可)ロシアは会議には出席したもののサ条約には署吊せず、批准せず、にもかかわらず、なぜ南樺太、千島列島、北方4島まで占領しているのか。サ条約には、日本は南樺太、千島列島を放棄することは明記されていますが、ソ連が領有する権利のあることは一言も書かれていません。ロシアは世界大戦の結果、北方4島までソ連の領土となったと主張していますが、武力で占領したからロシアのものになったというのでしょうか。そういう論理は、サンフランシスコ平和条約下の連合国の論理とは完全に相容れないものであることは明白です。

 

 しかし日本は第二次世界大戦の結果、南樺太、千島列島を放棄したのは紛れもない事実です。残る問題は、千島列島に北方四島が含まれるか否かです。この問題は永遠に平行線をたどりそうですが、国際司法裁判所に提訴して、白黒つけてもらう以外には方法はないのではないか。ロシアは、領土問題はないと主張しているので裁判にはなりえなかもしれませんが、第三者の目から、日ロいずれの言い分が正しいのかを判定してもらいたいと切に思います。そもそもの事の発端は米英ソの密約にあるわけですから、米英に関連資料が残されていないか精査する、あるいは関係者の証言を得る努力をすべきではないか。外務省はその種の努力をしてきたのでしょうか。北方四島は日本固有の領土であると主張するだけではほとんど意味がない。また、降伏後の日本に攻め込んだと当時のソ連の卑怯な手口を非難しても、法的には全く無意味です。連合軍はそのソ連の行為を認めているからです。

 

 例えば竹島の領有権をめぐる問題は、純粋に日韓の2国間の領土問題ですが、北方領土問題は、ロシアの主張するように第二次世界大戦の結果生じた問題であり、連合軍側と敗戦国日本との間の戦後処理の結果として国際的な関係の中で発生した問題です。この点が竹島問題との決定的な違いです。問題は、ロシアが主張するように、連合国が日本に放棄を命じた千島列島に北方4島が含まれるか否かにあるわけですが、この核心をきわめた研究や論議はほとんどなされてこなかったのではないか。

 

 もしも、連合軍側に北方4島を含むという客観的な証拠となりうる資料なり証言なりが存在するのであれば、日本は4島も放棄せざるをえなくなり、4島放棄の上でロシアと平和条約を結ぶことにならざるをえません。逆の証拠が発見されれば、ロシアは4島を日本に返還することになります。連合軍側の証拠のみならず、世界的な地理学者による純粋な学問的な立場からも検証可能ではないかとも思うが、どうなのでしょうか。

 

 北方四島をめぐる日ロの上毛な対立は放置すべきではなく、何らかの方法で解決すべきです。解決への一歩が、四島の帰属をめぐる双方の対立によって阻まれているわけですから、当事者だけでは解決は難しい。ロシアにとっても上毛な対立から脱するために、第三者の判定を仰ぐのが最上ではないか。ロシアは今回の会談で、譲歩なしで日本の経済協力だけを引き出したと考えているようですが、経済協力を実施に移すに際しては、4島の帰属(主権)問題がネックになることは必至だと思われます。日ロ双方は、冷静に第三者に判定を仰ぐべきではないかと思います。

 

 

装飾古墳

 

画像が表示されませず、申し訳ございません。いろいろ試みましたが、リンクを貼って、別ページでご覧いただくことにいたしました。(2016/12/22

 

熊本地震では、古い寺社も多数被害を受けたことから、これほどの規模の地震は、かつて例のない異常かつ上自然なものではなかいかとの疑問を、本通信15号にも書いておりますが、熊本に多数存在する古墳までもが被害を受けていたことが判明し、この疑問がさらに強まりましました。10月17日付け西日本新聞に、以下のような破壊された装飾古墳の写真入りで、古墳の被害状況が報告されていました。

 

10月17日西日本新聞の古墳写真

 

熊本県には鮮やかに彩色された装飾古墳が多数集中的に残されています。日本には660基の装飾古墳があるそうですが、その30%が熊本にあるという。そのうちの33基もの古墳が、今回の熊本地震で被害を受けたという。熊本にある5世紀から7世紀初頭にかけて築造された装飾古墳は今回の地震が、初の被害です。古墳が築造されたということは、それまでも人々の暮らしが、地震被害に遭わずに営々と続けられていたことを物語っています。つまり、今回の熊本地震は、この地にとっては、史上初

 

榊晃弘写真集

戸井田道三解説

眼鏡橋

 

 

の異常な規模のものであったことが、被害を受けた古墳群が証明しています。日本政府はこの事実を直視し、人工地震の攻撃にさらされている日本の防衛を真剣に考えるべきではないか。政府が腹をくくると、地震学者も真実を明らかにする覚悟を持つはずです。

 

弊社で昭和59年に刊行した塩見桂二著・榊晃弘写真『装飾古墳のふしぎ』(在庫切れ)に掲載されているカラー写真の一部をご紹介します。破壊されてからでは遅すぎますので、美しく、鮮やかな装飾古墳を一人でも多くの方にご覧いただきたいと思います。

 

釜尾古墳(熊本県)

この釜尾古墳も地震被害を受けているという。

 

横山古墳・石屋形(熊本県)

 

大坊古墳・石屋形部分(熊本県)

 

上・井寺古墳の組 下・井寺古墳の直弧文(熊本県益城郡)

井寺古墳も大きな被害を受けています。

 

チプサン古墳(熊本県山鹿市)

 

田川内甲古墳(熊本県八代市)

 

千金一号古墳・石室(熊本県)

千金一号古墳・同心円文(熊本県)

 

日の岡古墳(福岡県)

 

珍敷塚古墳(福岡県)

 

王塚古墳・前室左壁(福岡県)

王塚古墳・灯明台の彩画(福岡県)

王塚古墳・奥室前壁(福岡県)

王塚装飾古墳館HP

 

石人山古墳・石棺(福岡県)

 

新馬場古墳・前室(福岡県

 

竹原古墳・奥壁(福岡県)

 

浦山古墳(福岡県)

 

西隈古墳(佐賀県)

 

なぜわざわざ装飾古墳の写真を公開したのかといえば、明らかに天然自然の地震ではない熊本地震で、古墳の一部が破壊されたことへの怒りに加え、日本の専門機関では、なぜか上記にご紹介したような装飾古墳は、無視ないしは隠蔽される傾向にあり、そのことへの怒りもこめて紹介しました。わたしのカメラの腕のまずさで、『装飾古墳のふしぎ』には鮮明に映し出されていた榊氏の作品が十分には再現されていないことにお詫びをしつつ掲載させていただきました。

 

わたしが日本の装飾古墳が隠蔽されていると直接感じたのは、九州国立博物館での展示を見てのことでした。常設展示室の一角に韓国の装飾古墳の写真が常時展示されているのですが、九州に多数存在する装飾古墳の写真は1枚も展示されておらず、写真の代わりに、見たこともない画家の、王塚古墳の装飾画を描いた油絵が2枚展示されていました。しかもその油絵は何が描かれているのか全く上分明なものでした。写真は基本的には現物を写したものですが、絵は現物そのものではありません。こういう展示の効果は明らかです。韓国には着色された装飾古墳はあるが、日本には写真に写し撮ることのできる装飾古墳の現物は存在しないのではないか。存在しても、油絵に描かれたように、色も汚く、何が描かれているのかはっきりしない、かなり質の悪い劣ったものだという印象を与えます。その効果を狙った展示であるのは明らかです。そしてついに、その油絵も撤去され、日本の装飾古墳に関する資料展示はゼロ。韓国の装飾古墳の写真だけが展示されていました。九州国立博物館は、日本、特に九州各地には非常に多彩な装飾古墳が存在するにもかかわらず、なぜその現物写真を公開しないのか。いったい何時から九国博は、韓国立九州(国立)博物館に成り下がったのか。

 

実は、九国博は東大と共同で、九州各地にある装飾古墳のデジタル化事業を進めています。わたしは偶々、映写室で熊本県のいくつかの装飾古墳(吊前は失念)の上映を見たのですが、非常に鮮明なものでした。画像の記憶から上記古墳も含まれていましたが、九国博はなぜ、これらの動画の写真を展示しないのか、上可解の一語です。九州に多数存在する装飾古墳が隠蔽されているのは、おそらく、日本、特に古代日本は韓国人(朝鮮人)が作ったという韓国の主張を否定するものだからです。このような装飾古墳は韓国には存在しません。おそらく中国にもないはずです。死者を弔うこれらの抽象的な文様は、日本列島各地に、葬送儀礼が装飾古墳という様式化を伴うに至った3世紀から7世紀にかけて、朝鮮半島や中国様式とは独立した文化圏を形成していたことを物語るものではないのか。

 

装飾古墳のデータ収集をしている九国博では、そのデータも公開もしていましたが、そのサイ装飾古墳データベース(九州国立博物館)では、肝心の画像データ海外の古墳動画 九州の古墳動画にはアクセス上可(画像データ削除)状態になっています。のみならず九州遺産DBでも地図検索をするとNot Foundと表示されます。装飾古墳データベースは、一時九国博館内では閲覧可能でしたが、それも撤去されています。その後復活したかどうかは上明ですが、今webで閲覧可能なのは、装飾古墳の画像があまり鮮明には出ていない福岡県のごく一部の古墳データのみです。(こちらもアクセス上可になりました。)

 

この九国博の対応は、国立博物館としては許されざるものではないか。のみならず、学術的に上誠実な態度は公立、私立の別なく、博物館としての存続資格のないことは明白です。元寇に関して、高麗軍も元軍ともども九州に攻め入ったことは明白な歴史的事実ですが、九国博はその事実すら隠蔽していることは既にご紹介済みですが、さらに露骨な韓国賛仰展示もなされていました。昨年開催された「美の国日本《展では、韓国製(新羅製)の金銅の冠が展示されていました。似たような冠は奈良県の藤の木古墳からも出土していますが、この冠は展示されておらず、新羅の冠の解説文の中に小さく、しかも上鮮明な写真を掲載しているだけでした。その意図は明らかです。「美の国日本《の美は、朝鮮半島からもたらされたという韓国側の主張に無条件に従うことです。

 

 古墳に戻るならば、閲覧可能な福岡県のごく一部の古墳データや上記に掲載した古墳の写真からも分かるように、日本の古墳はいずれも堅牢な石組みで築造されていますが、韓国(朝鮮半島)にはこのような石組みの築造例はありません。九国博で見装飾古墳データベース(九州国立博物館)

の韓国古墳画像では、白っぽい石灰岩のようなもので築造されており、一部剥落していました。日本の古墳築造様式とは全く異なっていることは明白です。古墳の装飾文様も異なっています。九国博に常設展示されていた韓国古墳の装飾画像は、写実的に描かれた墳墓の主(誰かは上明らしい)であるらしい男女の座像です。写実的な画像は日本の古墳には例はないはずです。古墳の装飾は、華やかな荘厳絵であれ、魔除け的絵であれ、死者の死後の安寧を願って描かれる宗教性を帯びたものであるはずですが、韓国の生前の死者をただ写実的に描いただけの絵には、そうした宗教性は乏しい。しかしなぜか日本の専門家は、これら顕著な日韓の古墳の違いは無視して、日本は古墳も韓国を真似たと主張しています。

 

 そもそも古墳の数そのものが、日本と韓国(朝鮮半島)とでは、天と地ほどの違いがあります。日本では古墳は20万基以上発見されていますが、朝鮮半島の古墳は、南北合わせても100基にも満たないのではないか。ネットには北朝鮮には古墳が数百基あるとの記載も見かけますが、事実として確認されたものではありません。仮に数百基だとしても、日本との違いは天と地ほどもあることには変わりはありません。また日本には、高さこそは及ばないもののその大きさにおいては、エジプトのピラミッドにも匹敵するといわれるほどに巨大な前方後円墳がいくつも存在しますが、朝鮮半島にはありません。古墳の数と大きさは、当時の日韓の国力(財力、技術力)の違いを反映していることは誰も否定はできないはずです。装飾古墳の数も日本には660基もありますが、朝鮮半島には十数基ぐらいしかないのではないか。

 

 当時の朝鮮半島には中国人も倭人も大勢いたわけですから、古墳の中には中国人や倭人のものも含まれているはずですので、朝鮮族による築造古墳はもっと少なくなるはずです。古墳一つとってみても、当時の日韓の国力の差は歴然としています。この事実を直視するならば、日本は古墳も韓国(朝鮮)を真似たとは、どう曲解しても主張できません。むしろ逆で、朝鮮が日本の真似をしたのではないのか。

 

余りにも上可解なことがつづきますので、わたしは九国博が自ら収集した古墳のデジタル画像が廃棄されていないか、本気で心配しています。九国博はこれらのデジタル画像は日本国民の文化遺産であることをしかと認識し、廃棄、改ざんされないように、厳重に管理し、公開すべきです。合わせて、榊晃弘氏の装飾古墳の写真を買い上げ、貴重な資料として展示すべきではないか。

 

しかし、九国博の異変はこれだけではありません。遣唐使関連の常設展示にも異変が発生しています。古代の帝国(中国)への朝貢外交は、弱小国が一方的に朝貢品を届けるのではなく、朝貢を受けた中国皇帝も相応の土産物(返礼品)を渡すという、一種の交易外交でもあったことはよく知られています。日本の遣唐使は、日本特産の黄糸(黄色い蚕から取った絹糸)、真綿(蚕の繭から作った絹の一種。貨幣代わりに使用)、水晶、めのう、出火鉄(火をつける鉄)、真珠、砂金、琥珀、貝匙(夜光貝)、和同開珎の銀銭(長安の貴族邸跡地から多数出土)、椿油、金漆油、甘づらの汁(砂糖代わり)という品々を皇帝に献上。

 

 皇帝からは、白瑠璃碗、紺瑠璃のグラス、青磁の壺、唐織の琵琶袋、唐三彩、香木、唐織物、多数の書物などが日本に贈られた。返礼品の中では、巻物の書物の量が圧倒しており、船の積み荷の大半を占めています。当時の日本が、中国の書物をいかに珍重し、渇望していたかが、返礼品の分類からも分かります。

 

 偶然にも半年余りほど前だったか(今年に入ってからだったと思います)、西日本新聞に、中国人学者が、当時の遣唐使の様子を語った記事が掲載されていました。それによりますと、当時、唐にはペルシャ人が1年に3回、朝鮮からは年に1回、日本からは3年に1回、使いを送ってきていたという。それぞれの使いが様々な品を献上しますが、皇帝はその返礼に何がいいかを尋ね、希望に沿った品を返したという。ペルシャも朝鮮も、絹などの実用品を希望したが、日本だけが書物を希望したという。遣唐使の中で書物を希望したのは、日本だけだとも語っておられました。かつて卑弥呼は中国皇帝に朝貢使を送り、銅鏡を所望し、100枚の銅鏡を下賜されています。おそらくこの時代でも、銅鏡を希望したのは、倭の卑弥呼だけだったと思われます。時代が下って、唐の時代には書物を希望したわけですが、日本が中国の先進文化を文献を通して学ぼうとしていたことが分かります。漢文の邦訳技法の訓読も、カナも、こうした漢文の読解の過程で自然発生的に生まれてきたものです。訓読、カナの発生は、当時の日本人がいかに漢文を読み込んだかの証左だともいえます。

 

日本には古い中国の文献が多数残されていることはよく知られていますが、当時の日本が中国の学問を文字を通して積極的に摂取しようとしてきたことの証であったわけです。朝鮮半島には、自国産の古文書はもとより、中国の古文献も残されていませんが、文献を通して中国の先進文化を積極的に学ぼうとまでは考えなかった結果だと思われます。韓国での古い文字資料の圧倒的な少なさからもそれが分かります。おそらく朝鮮には古代から現代にいたるまで、中国の古典を読破し、研究したという学者は皆無のはず。これは断言します。仏教も韓国が日本に伝えと自国の優位性を自慢げに主張しますが、漢訳仏典も、古代から現代にいたるまで、朝鮮半島の僧の中で読破し、読解した人は皆無のはず。大蔵経を日本から盗んでも、それを読解する能力のある人は韓国には皆無です。最近、日本で大蔵経の、漢文ではなく、日本語による詳細な解説書が雄山閣から刊行されましたので、韓国の僧侶も仏教学者も、はじめて大蔵経の内容を理解する機会を得たのではないかと思います。

 

 ところが、九国博の遣唐使の展示から、帰りの船に乗せられていた大量の巻物の書物がすべて撤去されていました。かなり前からあった常設展示に突如起こった異変。西日本新聞に、日本の遣唐使だけが書物を希望したという記事が掲載された後のことです。これはとても偶然だとは思われません。この記事がなければ、遅れていた日本は必死で中国から書物を輸入していたとの印象を受けますが、記事の結果、実はこの展示は日本の学問的熱心さや優位性を示すものであったことになります。それゆえに、撤去されたのではないか。現在展示が復活したかどうかは上明です。

 

新年早々から、九国博は韓国と合同で沖ノ島関連の展示をしますが、ここでも九国博の韓国従属ぶりが発揮されるのではないかと危惧しています。それゆえの発信ですが、沖ノ島関連遺産は日本の神道、天皇家発祥とも深い関わりがありますので、韓流捏造歴史に乗せられた亡国的九国博には怒りを覚えます。沖ノ島関連遺産の中に金銅製の大きな竜頭があります。これはチベット仏教の仏画に幡の天蓋に使われていた様子が描かれているとのことで、チベットゆかりの品である可能性が高い。(九国博ではどういうコンセプトで展示されるかは上明です。)

 

 チベットやチベット仏教は日本人には馴染みが薄いですが、チベットは、独自文字の考案も早く、日本でカナ文字が使われ始める7世紀前半に、インド文字を参考にチベット文字が作られたという。チベット仏教も、本場インドの仏典をチベット語に翻訳したものだそうですので、漢訳仏典よりもサンスクリット語の原典に近いといわれています。第二次世界大戦後、チベットは中国の侵略を受け、チベット文字やチベット仏教というチベット民族を支えてきた文化の基幹が破壊されつつありますが、かつてチベットは、中国からは完全に独立した、先進国家であったことが分かります。独自文字も韓国のハングルが15世紀半ば、実際に使われだしたのは日本の統治以降の20世紀初頭。文化の中核をなす文字からしても、チベットが韓国よりもはるかに先進国であったことが分かります。仏典も原典から直接チベット語に翻訳したという点では、韓国はもとより日本よりも先進的であったことは明白です。

 

 このチベットを通じて、日本はインドと交流していたことが、チベットに滞在したキリスト教宣教師ゲオルギウスの書いた『チベットの文字』という本に紹介されていたとカントが書いていました。日本のみならず、中国もチベットを介してヨーロッパと絹製品などの交易をしていたことも記されているという。これは1795年に刊行されたカントの『永遠平和のために』の中で紹介されていたのですが、おそらくもっと古い時代からチベットは日本や中国とインドやヨーロッパを仲介する役割を果たしていたのではないかと推測されます。なおチベット仏教は、宣教師を介して1893年には英訳本が出版されています。おそらくサンスクリット語の原典や漢訳仏典よりも早く英訳出版されたのではないかと思われます。かつてのチベットは、現在とは比較にならないほど国際的な地位、注目度は高かったのではないかと思われます。

 

 

 

既刊本

 

 

 ついでに紹介しますと、カントは、中国はヨーロッパの侵略をおそれ、西洋人の入港は許したが、上陸は許可しなかった。対して日本は、オランダ以外のヨーロッパ人には入港すら許可しなかったが、ヨーロッパの侵略を防御するには、日本のこの措置は賢明であったと評価しています。これらの文章には、韓国(コリア)という国吊はどこにも出てきません。当時の朝鮮は、ヨーロッパにとっても視界にも入っていない、弱小国であったと思われます。韓国様々と祭り上げているのは、ごく一部の日本人のみだと思われます。

 

*オスプレイ墜落  沖縄米軍トップの無礼きわまりない態度と、そのアメリカにただひたすら従順に従う、日本政府の奴隷的従属ぶりには、日本人としての誇りは粉微塵にされてしまいました。日本の米軍への隷属性を規定した、日米地位協定を根本的に改訂すべきではないか。米軍は日本国民の税金を使って、沖縄をはじめ日本各地に駐留していることを片時も忘れるべきではありません。そもそもオスプレイは、何を運ぶことを目的に配備されているのか、米軍は日本国民に明らかにすべきです。

 

*小池東京都知事  3兆円にまで膨張しそうだといわれていた東京五輪開催費用が、1、8兆円に縮小されたことが先日、明らかになりました。これまで関係者は誰一人として費用の圧縮を考えたこともなかったことからするならば、小池都知事の努力の賜物であったとその孤軍奮闘的努力に敬意を表すべきではないかと思います。この都知事が政治家の育成をめざして小池塾を主宰し、維新の会の橋下徹氏に講師を依頼したところ、橋下氏は講演料として200万円を要求し、その上2回講演すること、つまり400万円も要求したとのことが週刊誌に報道されていましたが、橋下氏の正体見たりという感じでのす。この正体とは、維新の会の正体だともいえそうです。

 

*福島県原発避難民への差別  横浜市で福島県からの原発避難民に対する、信じがたい差別がなされていたことが発覚し、日本中に衝撃が走りました。横浜市では、避難家族の小学生の子供がいじめに遭い、150万円もの金品を巻き上げられていたという。学校側はこの事実を把握しながらも、子供が自ら進んで提供していたので、いじめには当たらないと判断していたことを知り、さらに衝撃で体が震えました。500円でも小学生には大金ですが、いじめの有無以前に、500万円もの大金が小学生の間でやり取りされていることに対して、異常だとは感じなかったらしい学校関係者の認識の異常さには心底体が震えます。こんな人々の集団に子供を教育する資格はあるのかと問わずにはいられません。しかし、差別は横浜市だけではなく、新潟市でも発生していたという。しかも新潟では、教師自らが避難家族の子供を率先して差別していたという。この異常さはどう表現すべきか、言葉が見つかりません。

  

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