葦書房有限会社 |
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孫子 06/6/12 1991年8月刊/A5版/546頁/3689円+税 本書は、フランスの軍事思想を研究しておられる小野盛氏が、実践的な解釈がなされている仏訳から邦訳されたもので、単なる語義をめぐる解釈から抜け出た広大な視野に立って孫子の思想を読み解こうとしたものです。加えて、戦史家である重松正彦氏の詳細な注釈は、実践的でありながらもきわめて深い洞察に富んでおり、読む者に感銘を与えずにはいない異色の思想書となっています。重松氏は戦前将校として軍務にあり、戦場における実践的な思想の吟味に加え、該博な知識に裏打ちわれた卓見は、軍事という領域を超えた国家戦略や企業統治のあり方、さらには個人的なレベルでの対人関係を考える際にも、大いなる示唆を与えてくれるものと思います。 実は本書の刊行当時、文芸評論家の福田和也氏の書評が「文学界」に掲載されました。当時わたしは「文学界」を毎号読んでおりまして、本書「孫子」の書評を目にしたのですが、当時は福田氏がどのような人物であるのかは知りませんでした。しかし「文学界」一頁全部を使った福田氏の書評は、本書が並々ならぬ価値をもった書物であることが十二分に伝わってくるものでした。三多に見せたところ、三多も福田氏は知らなかったようですが、「文学界」という文芸誌に、軍事書でもある本書の書評が出たことに意外に思いながらも喜んでいました。 わたしは当時は「軍事」に関するものにはまったく興味はなく、福田氏の書評にもかかわらず、本書を手にとってはみたものの、中を開くこともしませんでした。孫子=兵法=戦争=ノーという連想からくる短絡的な拒否感からですが、三多の死の前後から顕著になってきた数々の異変を経験する中、特に葦書房の経営を始めてからは、日々これ戦場なり、との実感に襲われつづけています。その結果の必然として、興味の対象が以前とは激変してしまいました。これまで目の前にありながらも、中を開いてみようとも思わなかった本書『孫子』を手にとったのも、単に営業的な必要からだけではなく、わたし自身の、望みもしなかった環境の激変がしからしむるところでもありました。 実際に読んでみると、非常に面白い。昔抱いていた戦争イメージとは違い、非常に深い洞察に富んだ思想書であることに実感的に思い至りました。帯の宣伝文句は偽りではありません。折も折り、先週末、防衛庁を「省」に昇格することが閣議決定されました。真の国防とは何か、この根本問題が真剣に討議され、考え抜かれた結果の決定だとはとうてい思えません。軍書である本書でくり返し問われているのは、将帥、すなわち軍を指揮する指揮官の資格についてです。 現在の防衛庁は、天下り先との調節が日常業務のかなりの部分を占め、国防上重要な秘密資料をパソコンから大量に流出させるという弛緩しきった組織です。さらに驚いたことには、呉でミサイル搬送中、落下させたという。国防どころか、国民を危険に晒すような自衛隊員しか養成できない防衛庁に、今以上の権限を与えたらどうなるか。しかも完全に米軍の指揮下に置かれています。かかる状況下で「省」に昇格させて権限だけを増大させるならば、国民の安全などそっちのけで、米軍のための予算獲得に防衛「省」が権限を振うことになりそうでおそろしい。 本書は、日本はもとより米軍関係者にも読んでいただきたいと思っています。 なお重松氏によれば、中国も韓国もかつては日本の戦争責任だけを責め立てるという、一方的な立場はとっていなかったという。中国建国の父、毛沢東は中国が日本をはじめ外国の植民地になったことには、中国自身にも責任がある。長い年月、中国は自らの国を自らの手で統治する能力を失っていた。日本の中国侵略は、その中国人民に奮起を促す起爆剤になった。日本の中国侵略がばければ、中国革命は成功しなかっただろうとまで語っていたそうです。これは日本の中国侵略を正当化するものではありませんが、一方的に日本を責め立て、巨額な支援を日本から引き出そうという、中国の外交手法も正当化されるものではないということです。 本書の原著はいうまでもなく中国産ですが、重松氏は中国政府の指導層は孫子の深い思想は問わず、単に権謀術数の指南書として利用していると批判しています。懸案は何一つ解決していないにもかかわらず、日本政府は凍結していた中国への800億円近い円借款を供与することに方針を転換しました。硬軟織りまぜた中国の外交手法に日本がまんまと乗せられたという感じですが、いかがでしょうか。 韓国についても、重松氏によれば、朴大統領暗殺後、初の民主的選挙で選出された、元軍人であった全斗煥大統領も、毛沢東と同様の発言をしているそうです。 また重松氏は1982年にすでに、米ソ対立は終わり、世界は局地戦争の時代に突入すると喝破されていたそうです。世界中どこを探しても、82年当時にこれほど明確にその後の世界の動きを予告した人物はいないはずです。(06/6/12 6/13 久本福子) 剣の刃 ぺタンはフランスを救ったのである(リンクなし)
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